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第29回EURAS会議参加報告

はじめに

   2025年6 月18日~20日にかけてマドリード(スペイン)のマドリード工科大学で開催された第29回EURAS(European Academy for Standardization、欧州標準化研究アカデミー)会議に参加しました。この会合は、「Empowering Standardization Through Education(教育によって標準化を強化する)」をテーマに、EURASが主催したもので、マドリード工科大学がホストを務めました。教育を通じた標準化活動の推進に焦点が当てられ、研究者や実務家による発表や議論が行われました。

会場となったマドリード工科大学
会場となったマドリード工科大学

1.EURASとは

  EURASは、さまざまな学術分野の研究者(経済学、工学、社会科学、法学、情報科学など)によって1993年にハンブルク(ドイツ)で設立された非営利団体で、ドイツ民法に基づき登記されている学会です。できる限り広範な分野を取り込んで学界での標準化の取扱いを促し進歩を達成しようという共通の願いがEURASの設立を促しました。

  主な活動は、標準化研究の促進、科学教育のための標準化研究の批判的評価、研究成果を発表する機会の改善、標準教育の発展と専門化の支援に焦点を当てています。

  EURASの目的は、標準化の分野における研究、教育、出版を促進することで、情報交換、コラボレーション、普及のためのプラットフォームを提供しています。EURASは、毎年EURAS会議を開催しています。

2.参加者の構成

  今回のEURAS会議の参加者は、57名の専門家・研究者で、ホストのマドリード工科大学、横浜国立大学等のアカデミア(大学、研究機関)、スペイン標準化協会(UNE)、CEN/CENELEC等の標準化団体、ISO、CEN/CENELEC、スペイン標準化協会(UNE)、カナダ規格協会等の標準化機関、国連欧州経済委員会(UNECE)の政府機関、StandICT.eu(EU支援ICT標準化プロジェクト)、Edu4Standards(EU教育連携プロジェクト)等のEUプロジェクトなど多様な主体から、産学官が集う構成でした。

3.本会合の主な成果

  1.  標準化の教育的アプローチの共有
    教育を通じて標準化への理解を深める方法、大学や学術機関での標準化カリキュラム導入事例などが紹介され、教育と標準化活動の連携強化が議論されました。

  2. 若手研究者によるワークショップ
    博士課程の学生など若手研究者による並行ワークショップが実施され、最新の研究課題や教育手法について活発な議論が交わされました。

  3.  教育とイノベーションの接点
    教育による標準化人材の育成が、産業界や中小企業におけるイノベーション促進へどのように寄与しうるかが検討されました。

  4. 分野横断的な標準化教育の拡大
    機械工学や情報通信、マーケティングなど、さまざまな分野における標準化教育の実践例が共有されました。

表1 第29回EURASスケジュール

・6月18日(水)
セッション1:標準化に関する教育
セッション2:パネルディスカッション―Edu4Standards:Pilot&Trainers‘School
セッション3:ポスターセッション
・6月19日(木)
セッション4:様々な課題
セッション5:標準と規制(その1)
セッション6:標準と規制(その2)
セッション7:パネルディスカッションー規制における標準の使用
セッション8:StandICTプロジェクト
・6月20日(金)
セッション9:情報セキュリティと標準
基調講演:標準で研究とイノベーションに結びつける
セッション10:標準・イノベーション・経済
セッション11:研究と標準化
基調講演:未来の形成:ETSIの標準化教育・架け橋の構築・新世代の標準化人材の創出
セッション12:ヨーロッパにおける標準化教育:政策イニシアチブとヨーロッパの資格

4.ETSI標準化教育コンテンツ・プログラム

    欧州電気通信標準化機構(ETSI)による基調講演では、昨年、私がETSIを訪問し、次世代の標準化人材教育に関するヒヤリングを実施した際に紹介していただいた教育プログラムの進捗が報告されました。その内容は以下のとおりです。

  • ETSI 教育プログラム
    ETSIは、情報通信技術(ICT)の標準化の重要性を広く理解してもらうために、大学生や若手専門家向けに教育プログラムを提供しています。
    1)教科書:「ICT標準化の理解 − 原則と実践」
     ヨーロッパの大学講師たちによって作成された教材で、工学、ビジネス、法学などの分野で活用されています。2)スライド教材
    教科書に対応したプレゼン資料も用意されており、40以上の大学ですでに採用されています。主なトピックは、標準化の基本と役割、世界の標準化エコシステム、標準の作成方法、イノベーションとの関係、ビジネスと戦略的観点、知的財産権(IPR)、標準化による経済的メリットです。
  • Tech Trivia teacher
    ETSI Tech Triviaは、ETSIが提供する技術に関するクイズ形式の学習コンテンツです。標準化やICT(情報通信技術)に関する知識を、楽しく身につけられるよう工夫された取り組みです。標準化の基礎(定義・意義・メリット)、SDOの構造と活動、規格策定プロセス、IPRや経済への影響などをクイズ形式でわかりやすく扱う教材です。工学・ビジネス・法務など複数分野で活用でき、実務で標準化に関わる方々の知識定着や教育資源として有効です。

5.標準化教育関連

EUにおける標準化教育は分散的で教授に依存しており、体系的な標準化教育の欠如が課題とされています。Vilnis大学(リトアニア)のNizar Abdelkafi准教授らは、標準化教育の体系的改革を目指し、標準化の改革的教育コンセプト(ITCoS)の枠組みモデル(FM ITCoS)を提案しました。以下のとおり標準化教育システムを4つの階層に分けて、政策から実践までを包括的に支援する構造を示しました。

  • 第1階層「戦略的指針:Strategic Orientation」
    標準化教育者の役割(標準化が地域社会や組織の利益にどう貢献するか、公平性や倫理的規範への配慮、ビジネス目標とEUの価値観の両立の理解)
  • 第2階層「認知・関連性・影響:Awareness, Relevance and Impact」
    教育の位置づけ(学問分野ごとの標準化の重要性の明確化、社会・経済への影響、グリーン・デジタルスキルやジェンダー平等などの政策目標との整合性)
  • 第3階層「教育課程への統合:Integration into Curricula」
    実装支援(専用コースか既存科目への統合かの判断、標準化を中心テーマとするか補助的に行うかの判断、教育目標(欧州単位互換制度、到達レベル、受講者者数)の設定
  • 第4階層「実施支援:Implementation Support」
    支援ツール(教材、教授法、評価方法のガイド、市場データや政策情報を活用した教育の正当化、教育共有のための技術的支援)

6.標準化必須特許(SEP)関連

  Catania大学(イタリア)のMaria Cristina教授、横浜国立大学の安本 雅典教授は、3GPPの標準必須特許(SEP)のデータを解析し、企業が保有する特許(Patent Ownership)と知識の蓄積(Knowledge Accumulation)を活用して、標準化関連技術のポートフォリオを形成している実態を明らかにしたと報告しました。

  • 特許所有数が多い企業ほど、標準化関連技術ポートフォリオの深さや広さが増加傾向にあります。
  • 知識の蓄積は、標準化関連技術ポートフォリオの多様性と深さに強く影響しており、長期的な技術戦略において重要な役割を果たしています。

  本報告では、企業においては特許の質と量を戦略的に管理し、標準化活動を通じて競争優位を確立することが必要であること、政策立案者においてはSEPの申告を促進するための特許取得支援策や技術主権確保のための知識基盤強化政策が重要であること、また、標準化における技術主導権を握るためにはSEP申告だけでなく、それを支える知識基盤の強化不可欠であることが示されました。

7.所感

  欧州において、標準化教育に関わる学術機関や国際機関の専門家が集まる会合が存在することには感銘を受けました。専門家の方々の標準化教育に対する熱意が感じられ、参加して元気が貰えた会合でした。このような場で標準化人材育成の営みを紹介して専門家の方々と意見交換することは非常に有益であると感じました。

8.今後の展開

  次回となる第30回EURAS会議は、2026年秋にオーストリアで開催される予定です。