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5G時代を見据えた新しいネットワークアーキテクチャの国際標準化を実現し、新市場を開拓

三菱電機株式会社  情報技術総合研究所
小崎成治氏

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 2020年に商用化が始まった第5世代移動通信システム(5G)を支える技術として注目されている「ネットワークスライシング※1」。ネットワークをソフトウェアで仮想的に分割して、それぞれの用途に応じて独立したネットワークとして利用可能とする技術であり、その国内市場は2023年に約2,600億円に達すると予測されている。

 長年、アクセスネットワークの装置・システムの開発を行っている三菱電機では、5Gの到来を見据え、ネットワークスライシングに対応した装置の開発に必要不可欠な制御アーキテクチャに関わる標準を提案し、2019年に国連専門機関であるITU-T(国際電気通信連合 電気通信標準化部門)にて勧告化を実現させた。

図:ネットワークスライシング技術の概念図

具体的な出口戦略の下、他に先んじて、5G時代に対応した新たなネットワーク装置・システムを開発

 「大容量」「低遅延・高信頼」「多接続」といった特徴をもつ5G時代のネットワークを考えた時、小崎は、「ネットワークをソフトウェアで仮想的に分割し、用途別に利用する時代がくるのは間違いない」と長年アクセスネットワークの開発に携わってきた技術者としての経験から予測した。当時、沖電気工業(株)や東京大学等と参画していた、総務省が実施する研究開発案件「IoT機器増大に対応した有無線最適制御型電波有効利用基盤技術の研究開発※2」を行うにあたり、所属する研究所のトップから「出口戦略を持ってしっかりと取り組むように。」と言われていたこともあり、当該研究開発の成果を活用し、次世代通信に対応したアクセスネットワークの装置・システムの開発を本格的に行うことを決めた。ただ開発を進めるだけではなく、当該技術で主導権を獲得し、さらなる事業展開を目指すため国際標準を策定することを考えた。

企業の枠を超えて最強のチームを結成

 標準の提案先は、将来のネットワークの在り方を検討するITU-T SG13(IMT-2020、クラウドコンピューティングと信頼性の高いNW基盤設備を中心とした将来網)と決めた。ネットワークスライシングの実現には、三菱電機が得意とするアクセス系のネットワークを構成する多種多様な物理的な装置を仮想化する技術が重要となる。仮想化を実現する手法として、SDN(Software-Defined Networking:ソフトウェア定義型ネットワーク)とNFV(Network Function Virtualization:ネットワーク機能仮想化)が重要であった。  国内標準化機関である一般社団法人情報通信技術委員会(TTC)の勧めもあり、この分野で先行している日本電気(株)(NEC)や、アクセスネットワークシステムを専門としている沖電気と協力し、TTCのNetwork Vision専門委員会に標準化を進めるアドホック会合を発足させ、会議の運営を通じてSG13への提案を実施した。NECにはSG13で議長を務め、かつ豊富な経験を有するメンバーもおり、国際標準を進めていくにあたり非常に心強いチームであったといえる。

標準化推進に必要なことは、「熱意」・「メリットの提示」・「オフライン対応」

 三菱電機内では、小崎と、部下の研究員数名で活動を始めた。まず、2015年にITU-T SG13の下に発足したフォーカスグループ「IMT2020-Netsoft」で、5G時代のアクセスネットワークの要件や既存にある規格とのギャップ分析を行った。このフォーカスグループはジュネーブで年4,5回と頻繁に会議が開かれていたため、日本からオンライン参加していた小崎らは、現地の会合に参加している欧州の研究所メンバーと密に連携して進めていく必要があった。

 2017年からは、ITU-T SG13の会合(WP1/Q21:SDN,ネットワークスライシング及びオーケストレーション)で立ち上がった作業アイテム「Y.Netsoft-SSSDN」において、「スライシング構築/管理のための制御アーキテクチャ」を提案し議論を主導した。SGの議長を務めるNECの方に進め方や表現の方法等アドバイスをもらいながら進めたが、提案当初は、「そもそも仮想化・スライシングという技術がアクセス系に必要なのか」という反対意見が欧州から出されるなど、困難を極めた。これに対し小崎は、提案するアーキテクチャがいかに効率的に働くかということや、想定されるユーザー、通信・エネルギーなどのインフラ分野におけるユースケースなどについて、熱意を持って、かつ丁寧に説明を行い、徐々に周囲の理解を得ていった。提案の内容や有用性を、論理的かつ客観的に説明したこと、独りよがりの考えではなく、第三者の視点も踏まえられていたことが、全体合意の必要なITU-Tにおいて標準化を成功させた要因である。更には、会合前や休憩時間に行っていた議長やエディターへの事前説明といったオフラインでの交渉も功を奏したといえよう。

これまでの国際標準化活動の経験を活かして標準化を推進

 小崎が本格的に国際標準化活動に携わるようになったのは、IEEE(米国電気電子工学会)における活動からである。IEEEはITU-T等の国家が参加し提案を行う標準化団体とは異なり、参加者個人の意見がベースとなる。IEEEで標準化を行うことで、所属する会社の考えや競合の対応状況に留意した提案内容を検証する能力や、その善し悪しを判断する能力が鍛えられた。さらに、原則として多数決で物事が決まっていくため、より多くの賛同を得ることが重要となる。自身が提案をするときは、本会合だけではなく、会議前や休憩時間といった非公式の場を有効に活用し、提案に共感してくれそうな人や鍵となる人物へのコンタクト・ネゴシエーションを怠らずに実施した。実際のところ、本会合と非公式の場での活動量は2対8程度であり、非公式の活動が非常に重要なウェイトを占めていた。

 また、小崎はIEEEのワーキンググループで議長を務めた経験も有する。このとき最も苦労したことは、思惑や価値観が異なるメンバーの合意形成を図ることであった。様々な背景の下で出される意見があり、内容が突拍子もないものもある。意見の対立はITU-Tよりも激しく、異なる意見を上手く摺り合わせて、何かしらの共通意見や結論を導くという貴重な経験を積むことができた。この経験は、自身の提案時にも生かすことができている。

 加えて、議長として客観的に発表者を見ることが出来たことも貴重な経験となった。例えば、大声で長時間説明しても、熱意は伝わるが共感は得られないし、反対に静か過ぎては何も伝わらない。どのように振る舞うことが重要になるかを学ぶことができ、熱意は示しつつも、客観的かつ論理的に提案内容やメリットを伝えることを心がけるようになった。

社会実装に向けた新たな挑戦へ

 当初の目論見通り、2019年、SG13において省エネで効率が良いネットワークを構築できるアーキテクチャの勧告化を実現することができた。小崎は、勧告化された技術を踏まえ、次は自社のアクセスネットワークシステム関連の事業に展開できる要素技術の開発を開始し、三菱電機ならではの関連製品を世の中に出すことを目指している。

 小崎の挑戦はまだ終わらない。SG13はハイレベルな要求条件、アーキテクチャ等を定義するところであり、今後社会実装を加速させるため、SG15(伝送網、アクセス網及びホームネットワークのためのネットワーク、技術及び基盤設備)への提案も行っている。既にワーキンググループで議論することが決まっており、実装に向けて、詳細な仕様を定義した新たな標準を完成させて、ネットワーク事業者・機器ベンダ、利用者など様々な立場のメンバーが検証できる場の実現を目指している。

国際標準化活動は、ビジネスだけでなく社会に役立つもの

 標準化活動は、時間と労力がかかる非常に大変な仕事ではあるが、標準の活用イメージやメリットを明確にして進めることで、自社のビジネスだけではなく、社会に貢献する技術を世に出すことができる。実際、今回の勧告化によって、既存のリソースを活用しながら効率的なネットワークが構築できるようになり、今後実装が進めば、一つのネットワークインフラを共同で利用できるため、今までネットワークに繋がっていなかった業界や、単独ではインフラを持つことが難しかった企業が接続できるようになる。

 三菱電機に限らず、日本の多くの企業で、同じような志を持った後輩達が標準化の舞台で活躍し、国際社会に貢献してくれることを期待している。

<本事例の標準について>

IMT-2020(第5世代移動通信システム)を実現するためのネットワークソフトウェア化で、その最も典型的なアプローチとされるネットワークスライシング技術の特徴について説明。

IMT-2020を実現するネットワークスライシング技術の機能の一つ、SDN部分の技術的特徴を説明。


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三菱電機株式会社
情報技術総合研究所 
光電波・通信技術部門 主幹技師長
小崎 成治

 
 
  • 光ネットワークシステムサプライヤーのリーディング・カンパニーである三菱電機の技術開発を支える一人。
  • 1989年三菱電機入社後、ATM/SDH等伝送システム・海底ケーブルシステム・光アクセスシステムに関する研究開発を推進。2008年グループリーダー、2015年より現職。
  • 近年はアクセスネットワークの仮想化等の研究に従事するなど、ネットワーク技術に関するスペシャリストの道を歩む。
  • 標準化活動については、IEEEにおける光アクセスシステム(IEEE1904.1)にてタスクフォース(TF)の議長を務めたほか、ITU-Tにおけるネットワーク仮想化(2015年~)に 関与している。
<受賞歴>
  • 2019年 TTC功労賞受賞 「アクセスネットワーク仮想化に関する標準化活動にかかわる功績」
  • 2018年 第50回市村産業賞功績賞受賞 「FTTH(Fiber to the home))装置の開発と実用化」
  • 2012年 平成24年度全国発明表彰発明賞受賞
  • 2010年 Certificate of appreciation for development of IEEE standard
  • 2009年 平成21年度関東地方発明表彰発明奨励賞受賞

<注釈>

※1 ネットワークを仮想的にスライス、分割する技術で、5Gでの活用が期待されている。
※2 平成29年度における電波資源拡大のための研究開発(JPJ000254)/VI IoT機器増大に対応した有無線最適制御型電波有効利用基盤技術の研究開発
 

<参考資料>

IDC Japan 株式会社「国内5Gネットワークインフラストラクチャ市場 支出額予測、2019年~2023年」

(2020年10月23日作成)