マエダブログ

マエダブログ TTC専務理事・前田洋一のTTCよもやま話

TSAG会合におけるSDNに関する話題

 6月3日に開催されたレビュー委員会に引き続き6月4日から7日まで開催されたTSAG(Telecommunication Standardization Advisory Groups) 会合の中で、今回、ホットな話題のひとつとなったのはSDN(Software Defined Networking)でした。4日の夕方には、特別イベントとしてSDNに関するワークショップが開催され、TSAGでのSDN議論を活発化させるきっかけになりました。今回のブログでは、SDNに関する標準化動向の背景について報告させていただきます。

  SDNはWTSA-12で合意された決議77で標準化検討の加速が求められている課題であり、ITU-Tの今研究会期での標準化推進に関わるリードグループ(主導的な責任を負うグループ)を決定する必要があります。WTSAで決定後のITU-Tにおける標準化検討課題の責任分担の調整・判断権限はTSAGが有します。今回のTSAG会合期間中のワークショップ開催は、SDNに関わる標準化展望を会合参加者で共有し、標準化課題の明確化を図ることにより、TSAGでの方針判断に貢献するであろうと期待して企画されました。このワークショップの基調講演は、4月に京都で開催されたKaleidoscope国際会議での基調講演が好評だった東京大学中尾彰宏准教授による「DPN (Deeply Programmable Network)」が講演招待(写真1)されました。

写真1  SDNワークショップにおける中尾先生
写真1 SDNワークショップにおける中尾先生

 今回のTSAG会合では、中国からSDNに関するFG(Focus Groupの設立に関する提案が有り、一方、SG13からはSDNに関するJCA(Joint Coordination Activitiesの設立提案があり、このSG13の提案の中で「FGの設立はSG13の検討と重複し不要であり、FG設置には反対である。」ことが表明されました。このSG13の主張は日本としての対処方針でもありました。

  SDNワークショップでは、中尾先生のDPNの講演の他に、中国におけるSDN動向、欧州ETSIにおけるNFV(Network Function Virtualization)の活動動向、ONF(Open Networking Foundation)の動向、ITU-TのSG13における検討状況(SG13のQ14ラポータとしてNEC江川尚志氏が遠隔で講演)が発表されました。これらの講演資料はITU-TのSDNに関するワークショップのサイトから入手できます。

  中尾先生のワークショップでの基調講演では、SDNに関する様々な標準化機関での検討状況とSDNの様々な定義がある現状を整理すると共に、ネットワーク処理に新しいProgrammabilityを追加する必要性、特にデータープレーンでのProgrammabilityは新たな標準化課題であり、ITUが推進するべき課題であると提案がありました。提案の要点は以下の図1でDeep programmabilityの範囲を示し、DPNはSDNを包含する概念であるとともに、Programmabilityに関して他の標準化機関では未着手な課題があることと、また、図2でDPNに関するITU-Tで今後行うべき検討課題案が提案されました。この提案は、中国が提案するOpen Flowに代表される当面のビジネスを対象にしたSDNに関する検討に比べ、広く長期的な視野での標準化提案である点が大きく異なると理解されました。

図1:ネットワークにおけるDeep Programmabilityとは
図1:ネットワークにおけるDeep Programmabilityとは
図2:ITU-TでのSDNに関する検討課題
図2:ITU-TでのSDNに関する検討課題

 ワークショップの出席者からは、中尾先生の提案するデータープレーンでのProgrammabilityは、研究段階ではあるが今後検討するべき標準化課題として重要であるという評価の反応が多く、早急にITU-TでのDPNに焦点を当てた検討加速を求める声が色々な国から表明されました。また、より広くアカデミアやITU非会員の参加を図るためにFGの形態が望ましいという意見も多く聞かれました。さらに、TSAG議長をはじめ、何人かの標準化の専門家からは、中尾先生にDPNのFG議長を担当してもらい、長期的な視野に立った新しいSDN標準化課題の立ち上げにリーダーシップを発揮して欲しいという高い関心と期待が寄せられました。

  引き続くTSAG会合でのSDNに関する議論では、SG13からはSDNに関するJCAの確立提案(案1)と、中国からはSG13での検討に並行したTSAGの管理の下でSDNに関するFGの設立提案(案2)とが対立しました。また、ワークショップで提案のあったDPNの課題に焦点を当てた長期的課題を扱うFGの設立を望む提案(案3)が日本以外の各国からあり、議論は3案対立の複雑な展開となりました。

  そこでTSAG議長からの緊急提案で、6月5日の昼休み時間を割いて2時間限定のアドホック会合で議論し整理することが指示され、その取りまとめアドホック議長に中尾先生が急遽指名されました。早急に整理すべき課題は、1)SDNの検討対象の明確化(短期的視野か長期的視野か?)、2)その検討を加速するための方法(FGかJCAか?)、3)その検討を推進するリーダーシップを誰にするか?です。

  アドホック会合の中で、中国の提案は特定の中国企業の意向を反映した現状のビジネスに関連した短期的な視野でのSDN(Carrier SDNと呼ぶ)の検討加速の提案であり、既存のNFVやONFとの検討の差別化が明確ではないという印象であり、SG13でのSDNの検討との重複を懸念する意見が多く聞かれました。また、中国提案はSG11を中心としたプロトコル研究を優先した課題提案であり、SG13のアーキテクチャを先行させる研究方針とも対立するものであることも明らかになりました。

  中尾先生(アドホック議長)からは、SG13の下に長期的取り組み課題としてのFG-DPNまたはFG-Extended SDN(仮名称)を作りSG13へのインプットを早急に行う妥協案が提示されました。これは日本の事前のTSAG対処方針である中国提案のCarrier SDNのFG設立に反対するものです。しかし、議論は、検討主管はSG11かSG13かTSAGか?、検討体制はFGかJCAか?等で、背景としては誰がリーダーシップを取るかの多くの政治的思惑があり、紛糾し発散しました。そこで中尾議長からは更に、(1) ITU-TのSDNでやるべきことの課題と、(2) 検討体制、の2つに分割して、(1)に関しては出席した各メンバーが全員賛成しました。

【検討方針の合意事項】

1) Landscape and scope of SDN has to be defined

2) We need to invite external experts and SDOs

3) Gap analysis should be done

4) Minimize conflicts and duplication

5) Accelerate the work on SDN is needed

6) Collaboration among SGs is necessary

【検討体制の明確化事項】

- FG vs. JCA

- Leadership has to be defined

  今までのアドホックの議論を踏まえ、中国からはFGの提案の妥協案が用意されることが期待されましたが、TSAGの最終日になっても中国はDPNなどの新しい課題を考慮する姿勢を見せることなく、検討体制としてもSG13に対抗するTSAGの管理によるFGの設立提案に固執しました。最終日の昼休みにもアドホック会合を開催し、妥協案の調整は継続されましたが、妥協案に向けた歩み寄りは図れず、TSAGの最終プレナリーでのTSAG議長判断に委ねることとなりました。

  検討体制の選択としては、Collaboration on ITS(Intelligent Transport Systems) Communication Standardsと同様の体制の議長提案もありましたが、結局、検討体制としては、JCAかFGかの判断を行うことになりました。TSAGでのSDNに関する最終結果は以下の点でまとめられます。

  • SDNに関するJCAをTSAGの下に設置する(SG13のJCAをTSAG配下とする米国の修正妥協案を反映)
  • JCAのTerms of Referenceの詳細はTSAG議長とTSB局長との協議を含め調整する。
  • ITU-TにおけるSDNの課題のリードグループはSG13とする(SG13の提案を反映)

  今回の判断は、SG13は他のSGでの検討との関係を含めて調整する責任が明確になり、SG13で現在継続している検討は影響を受けることなく継続できるものです。また、JCAを活用して関連する他の標準化機関との連携を強化することは可能です。今回のワークショップで話題となったDPNなどの新規将来課題をどのように反映していくかについては今後の課題であり、日本としての対処についても早急に議論を行なっていくことが重要と考えます。

  TTCでは国内での専門家の議論が行える場を提供し、国際標準化への提案活動についてはTTCでのNGN&FG専門委員会で詳細議論を行うこととしています。

  SDNに関する標準化の進め方に関する議論対立の中で、レビュー委員会およびTSAGが今後検討するべき将来の標準化課題の新しい進め方を検討する必要性が認識されました。また、SDNを検討のケーススタディとして、SDNの標準化の進め方と他の関連する標準化機関とITU-Tとの連携の仕方などの検討も重要であり、TTCでは国際連携アドバイザリーグループで、総務省の関連委員会と連携をとりながら、今後のレビュー委員会およびTSAGでの検討に反映していきたいと考えています。

※情報通信審議会情報通信技術分科会ITU部会(第6回)(H25.5.28)会議資料の一部

  前回のブログと合わせ、ジュネーブからの速報をお伝えしましたが、レビュー委員会およびTSAGと今研究会期の第一回会合ということで緊張の一週間でした。ブログの最後をリラックスしていただけるようジュネーブの景色をお伝えして終えたいと思います。

写真2 虹色のレマン湖噴水
写真2 虹色のレマン湖噴水

 

写真3 夜のレマン湖噴水
写真3 夜のレマン湖噴水

 今年のジュネーブは例年に比べ雨が多く気温も低い日が多いようです。日の出は5時半過ぎで、日の入りは9時過ぎと日照時間が長く夏の雰囲気ですが、暑さはまだのようです。写真2は日の入り前のレマン湖の噴水が虹色に染まった瞬間で、写真3は夜11時ごろのライトアップされたレマン湖の噴水です。次回のジュネーブは第二回のレビュー委員会が計画されている来年1月の予定ですので、次回は冬のレマン湖の噴水の様子をお届けできればと思います。